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”積極的No Kids人生"とは?その選択をした理由。

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僕は今、"積極的No Kids人生"を生きています。その理由は、"自分を育てるのが楽しいし、育てたいから"です。その価値観に至った過程を、ちょっと長いですが記事にしました。

 

「No Kids = 子どもがいない」というと一般的に連想されるのは、

 

  • 結婚できない。
  • 収入少ない。
  • 自分だけが楽しければ良いという考え。
  • 後世の社会に責任を負ってない。

 

のようなネガティブなイメージなのかもしれません。

しかし、人間なんて約70億もいるのですから、積極的に"No Kids"の人生を選ぶ人がいたって良いじゃないか、と僕は思います。

 

自分の子ども時代を振り返って。

"子どもは両親の人格を成長させてくれるもの"、素晴らしい言葉です。子育てをしながら、そう感じられる両親は、きっと素晴らしい方々でしょうし、きっと豊かな感性と教養を育む子育てが出来るでしょう。

 

しかし、一方では子どもを虐待したりする親もいます。時々報道されますが、それは氷山の一角で、明るみにならない虐待は、残念ながら数限りなく存在するのでしょう。

 

ここから先は、人によっては気分が悪くなる方もいらっしゃるでしょうが、僕の経験を文章にします。思い出したくない面もありますが、"積極的No Kids人生"を決めるに至る大事な要素ですので、敢えて文に起こしました。

 

子ども時代は、親の人形だった。

両親の教育方針は、ざっとこんな感じです。

 

  • 子どもは親のために尽くすもの。
  • 必ず親の言った学校、職業に就くこと。
  • 学校の成績は上位10%であること。
  • 子どもは友達などつくらず、勉強だけしていれば良い。
  • お前は一人っ子だから、全責任がある。

 

これは、小、中、高と口を酸っぱくして言われたので、今でも良く覚えています。

 

特に、父は元警官(といっても、警察学校卒業後1年で辞めている)で、僕が将来警官になることを求めていましたね。「そんな根性じゃ、警官になれない」、「そんな事をする奴は○○刑だから、警官になれずに刑務所行きだ」と、よく言われ泣いたものです。

 

ある時小学生の自己紹介カードの項目で、「名前の由来」を書く欄がありました。僕の名前は「親の一字+孝」なのですが、その由来を親に聞いたところ、「親に孝を尽くせ」という意味だと答えられました。当時は意味が分かりませんでしたが、酷い由来です。

 

希望の成績がとれなけりゃ(テストなら必ず80点以上)、その教科の教科書やドリルを重ねて、ひっぱたかれましたし、物置に閉じ込められました。

 

夏休みの課題は、親が「良し」というまで、何十回と繰り返された挙句、「これじゃ賞状がとれない」と言われ、親が代わりに読書感想文等を書きました。そして、もらえた賞状を僕の部屋に飾り、「お父さん、お母さんのお陰だからな」と言われました。

 

高校、大学、就活は、「あそこにしろ、ここは受けるな」の大合唱。

しかし、大学は地方の公立に決まり、警官になれなかった(試験自体をサボって受けなかった)ことで失望したのか、もはや何も言わなくなりました。

 

自尊心のない親が、子どもの自尊心を奪う。

僕は高校生まで、一度も親に反抗したことがありませんでした。反抗しようという気さえ起きませんでした。ただただ親の理不尽には、部屋で一人で泣いて過ごすしかありませんでした。

 

この両親の教育方針で最も恐ろしいのは、「子どもの自尊心は大きくさせない」というものです。これは、両親の直接言われたことなので、彼らは意志を持って、教育していたことになります。

 

大人になってから一度だけ理由を聞いたことがありますが、「自尊心が大きくなったら、どうなると思う?"自分は何でも出来るんだ"と思って殺人を犯すんだよ」と言われました。その時僕は、「あぁ、もうこの人達のことは諦めよう。」と思いました。

 

根本的に両親は、自尊心が低いのですね。「自分達の子どもなんだから出来が良いはずがない、好きなようにやらせていたら犯罪を犯すかもしれない。だから、子どものために徹底的に教育をしよう。」という考え。本人たちは、今でも自分たちは間違ってなかったと思ってます。

 

自尊心が低いと、色々困ることが多いですが、その最たるものは「人に助けを求められない」ということだと思います。

僕は最初に就職した会社で、仕事を抱えまくっても、自尊心が低いが故のプライド(=自分は人の助けなどいらない)が邪魔して、結局パンクしてしまいました。

 

両親とも、自尊心が低いが故のプライドの塊で、父は何かにつけて相手を怒鳴りつけて威嚇し、母は自尊心が傷つくのを恐れて人との関わりを断ってしまいました。交友関係は、どんどん狭くなり、友達は一人もいません…。

 

ここに書いたことは、ほんの一部分です。一度、自分の気持ちを整理する為に、過去の出来事をレポートにまとめたのですが、何と2万字以上になりました。まさに、過去からの卒論でした。

 

↓読んでも楽しくないですが、こういう親は世界中にいるらしい。

毒になる親 一生苦しむ子供 (講談社+α文庫)

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一度、自分の想いをぶつけてみた。

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そんな地獄の子ども時代を送った僕でしたが、大学~就職の頃にインターネットで、同じような苦しみを抱えた人がいることを知り、セッションにも参加したりしました。もちろん親には言うわけありません。

 

そして、自分がこれまで洗脳されていた事を自覚し、自分の行動を一つ一つ見直しました。

  • 親の目を気にしていないか?
  • 親がやっていたことを、繰り返していないか?
  • 自分のしたいことや、自分の考えを押し込めてしまっていないか?
  • すぐに結果がでないことを、ダメだと思っていないか?

そして、親に対して「自分が子どもの頃にされたことは、苦痛だったし、今も苦しんでいる」ことをハッキリ言いました。理解を示すとは思っていませんでしたが、自分の気持ちにケジメをつける儀式です。

 

結果は予想通り、父は大いに怒鳴り、母は「親不孝だ」と泣きだし、僕は一人清々しい気分でしたね。 

 

自分の気持ちに整理をつける過程は、内なる葛藤が色々ありましたが、それはまた別の機会に。

 

世代間連鎖を断つ。必ず断つ。

両親を恨んだこともありますし、よからぬ考えを抱いたこともありました。

 

しかし、一歩引いた目で見ると、両親はその両親から教育されたことを、深く考えずに、そのまま再現しているに過ぎなかったことが分かりました。両親と祖父母の、やりとりを見ていれば分かります。

 

特に、父方の祖父の父(僕から見れば曾祖父)は、子どもをつくって蒸発し、祖父は幼年期に奉公に出されたので、お世辞にも良い環境で育った訳ではありませんでした。きっと、僕よりも酷い仕打ちを受けたのでしょう。

 

しかし、だからといって同じことを自分の子どもにして良いという理由にはなりません。この世代間連鎖を断つことは僕の人生の大事なミッションです。

 

自分が子育てをしたら、良き子育てができるのか?それは、僕には分かりません。ただ、僕はいまだに「子どもにどう接したら良いのか」分からないのです。

 

友達の子どもに会っても、「何かをしてあげよう」という気持ちが、「自分本位の考えではないか?、結果的に子どもを傷つけてしまうのではないか?」という考えに変わってしまい。結局何も出来ません。これは、これから変わるかもしれませんし、変わらないかもしれません。

 

僕にとって「子どもをもつ」という考えは、今のところはヘビーな考えのようです。それに、自分が"自分の親のようにならないという保証"は、どこにもありません。一般的に子育ては、再生産を繰り返すと言われています。同じことを繰り返すこと程、僕が恐れていることはありません。

 

"積極的No Kids"という選択。"自分を育てる"という考え。

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世代間連鎖を確実に断つために、"積極的No Kids人生"を僕は選びます。

 

人によっては「そこで努力すれば変わるかもしれない」という人もいるかもしれませんが、これは僕の価値観です。価値観は、これまでの経験や学習したことから形成されるものです。

 

それに信じ難い話ですが、両親の考えにベッタリな頃は「就職したら、結婚して、子どもを持つのが当然」と、何の疑問も持たずに考えていました。思い出すだけで身震いします。世代間連鎖は、こうして生まれるのです。

 

それに、僕は自分自身を育てることに夢中になっています。

両親が色々と疎かにした分、身につけなきゃいけない教養や、感性、人への思いやりを、自分自身で日々育んでいます。

 

子どもを育てる前に「自分を育てよう」というのが、今の僕の結論です。

 

その結果、人生を楽しむ考えを身につけたり、職場で良好な人間関係を築き、時には人に助けを求めたり、勉強して資産運用も始めることが出来ました。自分でも、良くやっていると思ってます。

 

www.unyaunyalife.xyz

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ブログを書き始めてから、書こうかどうしようか迷ったテーマでしたが、思い切って書いてしまいました。今回書いたようなテーマで、苦しんでいる人は必ずいます。そして、中々口に出し難いテーマでもあります。

 

理解が得られれば良いですが、理解が得られないと「育られた恩も忘れて…」という話にすり替えられてしまいます。これは経験から分かります。

 

だからこそ、ブログで書くテーマであるとも思っています。僕は、インターネットの記事や、書籍に助けられたから、人生を楽しむことが出来る人間になれたと思っています。

 

今度は、僕が助ける番です。いや、助けることで、自分も助けられるのかもしれません。

 

さて、今日も自分の人生を楽しむとしますか!